旅先で届いた訃報と、義母の最期から学んだこと
2025年3月末、私は九州・長崎を旅していました。季節は春。バイクで風を切りながら走る心地よさと、日本各地の景色に癒やされるひととき。そんな中、一本のメッセージが届きました。
「お義母さんが急変した。」「数日がヤマ」
その知らせに、私はハンドルを握りしめ、900kmの道のりをひたすら走り続けました。間に合わないかもしれないと思いながら、休憩の時間も惜しんでを急いで帰ったものの、義母はその朝、病院で静かに息を引き取りました。
96歳。立派な大往生でした。
驚くべきは、最期まで自立して過ごしていたことです。寝たきりになったのはわずか1週間。入院することもなく、自宅で急変し、搬送先の病院で家族に看取られて旅立ちました。その潔さに、私は深く考えさせられました。。
医療に頼らない選択肢があることを知る
このブログを読んでくださっている方の中には、
- もし自分や家族が病気になったらどうしよう
- 延命治療や寝たきり状態が長く続くのが怖い
- 最期まで人間らしく生きていたい
そう思っている方も多いのではないでしょうか?
今回ご紹介する書籍『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一著)には、そんな不安や悩みに対する、ひとつの答えが書かれています。
この本では、必要以上に医療に依存しない生き方、そして自然な死の迎え方について具体的な経験と哲学が語られています。
理想の終え方を実現するための考え方
理想の死に方とは、決して「何もしないこと」ではありません。
それは、自分の死に方を自分で選ぶということ。 そして、無理に延命せず、自然のままに最期を迎えるという覚悟を持つことです。
中村仁一氏は、緩和ケアの現場で多くの患者を看取った医師です。彼の言葉にはリアリティがあり、「医療が穏やかな死を邪魔することもある」と警鐘を鳴らしています。
医療への過剰な期待とその落とし穴
著書の中で印象的だったのは「医者にかかればすべて治る」という思い込みを手放すことの大切さ。
- ちょっとした不調でCT検査を希望する
- 病名がつかないと不安になる
- 医者は完璧であると信じる
こうした“常識”が、過剰な医療と延命処置を招き、本人も家族も苦しむ結果につながることがあります。
実例:父の最期と義母の違い
私自身の体験として、実父は数年ものあいだ寝たきり状態が続きました。 病院のベッドの上で何年も過ごすことは、本人にとっても、家族にとっても過酷でした。胃ろうは断りましたが、それでも介護の期間は長く、母にかかる精神的・肉体的そして経済的な負担も計り知れなかったと思います。
それに比べて、義母の最期は穏やかでした。自宅で最期まで生活し、苦しむ時間はごくわずか。その違いを目の当たりにし、「自分はどちらを選びたいか」と深く考えざるを得ませんでした。
書籍『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の内容と要点
この本のメッセージは明快です。「自然に任せた最期こそが、もっとも人間らしい」
ポイント①:医療が死を遠ざける paradox(逆説)
医療技術の発展によって寿命は延びましたが、同時に“生かされ続ける”ことが当たり前になってしまいました。
- チューブだらけで意識もない
- 毎日薬を何十種類も服用
- 家族に多大な負担
これは本当に望んだ最期でしょうか?
ポイント②:「自然治癒力」を信じる
医者や薬が病気を治すわけではなく、最終的には本人の自然治癒力が鍵を握ります。 特に風邪やウイルス性疾患などは、自らの力で回復するのが自然なプロセスです。
ポイント③:「がんで死ぬのは悪くない」
著者は「がんは理想的な死に方のひとつ」とも言っています。 それは比較的長い時間をかけて進行し、心の準備もできるからです。 実際に多くのがん患者が「自分の死に方を選ぶ」ことができたと語られています。
成功事例:義母の最期が示してくれたこと
96歳という年齢で、最期の1週間を除けば、ほとんど寝たきりにならなかった義母。
- 自宅で過ごす
- 家族に大きな負担をかけない
- 病院に入らず自然に旅立つ
これはまさに、著書が提唱する“理想の最期”そのものだったと思います。
もちろん、家族としては看取れなかった無念もあります。しかしそれ以上に、義母の生き方と死に方が「自分の人生の終え方」について大きな教訓となりました。
また、私自身は延命治療や蘇生処置(いわゆるDNR=Do Not Resuscitate)を望まないと決めています。いつも免許証と一緒に財布にDNRカードを入れており、どんな状況でも自分の意思が伝わるように備えています。苦しみながら生き長らえるよりも、自分らしい形で静かに旅立つことを選びたいという強い意志があります。

理想の終え方を考えるために今できること
ポイント①:自分の意思を家族に伝える
延命治療を望まないのであれば、その意思を早めに家族に共有しておくことが大切です。エンディングノートの活用もおすすめです。
ポイント②:医療の「知識」を持つ
医療は万能ではありません。知識があることで、不要な治療や検査を避ける判断ができます。
ポイント③:どう死にたいかを日常から考える
死は誰にも必ず訪れるもの。 日々の暮らしの中で、「もし明日が最期だったら?」と問いかけてみることで、生き方が変わります。

理想の終え方を実現するために
ここまで読んでくださった方は、「理想の死に方」を自分事としてとらえ始めているのではないでしょうか。
大往生とは、ただ長生きすることではなく、最期まで“自分らしく”生きること。
そのためには、以下のことをぜひ意識してみてください。
- 医療との距離感を見直す
- 自然な死を受け入れる覚悟を持つ
- 自分の死生観をはっきりさせておく
人生の終わり方は、生き方の集大成。
『大往生したけりゃ医療とかかわるな』という本は、そのヒントを与えてくれます。
潔く、美しく人生を終えるために、今、あなたが考えることがその第一歩になるはずです。
また私は、俳優の藤村俊二さんの言葉をいつも心に刻んでいます。
「死んだ者が生きてゆく者に迷惑をかけてはいけない」
この言葉を遺して葬儀をしなかったという選択に、私は深く共感しています。まさに、義母の最期にも通じる潔さだと思います。
理想の終え方を実現するために今すぐできること
- 中村仁一氏の著書を読んでみる
- 自分の延命治療に対する意志を整理しておく
- 家族と「死に方」について話してみる
- エンディングノートを始める
今ここから、自分の理想の最期に向けて、一歩踏み出してみませんか?
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