生成AIを鵜呑みにしない:道具として使いこなす思考力

AI

最近、生成AIをめぐる話題が加熱しています。ChatGPTやClaude、Geminiなど、多くのAIツールが日常的に利用されるようになり、まるで検索エンジンのようにAIに何でも聞く時代が到来しました。

しかし、ここで大切なのは「AIはあくまでも道具であって、正解の代弁者ではない」ということです。

私はブログの執筆やYouTubeのネタ出し、あるいは書き起こしなど、日々のクリエイティブな作業にAIを活用しています。とても便利で、時間の節約にもなりますし、自分では思いつかないような表現や視点を提案してくれるのはありがたい。しかし、だからこそ「鵜呑みにはしない」ことを強く意識しています。

ブログ記事も5回以上の加筆・修正が当たり前

私が書くブログ記事は、AIの提案をそのまま載せるようなことはありません。むしろ、AIから得たたたき台をもとに、最低でも5〜6回は加筆・訂正を行っています。なぜなら、そのままでは自分の考え方と一致していなかったり、事実関係に誤りが含まれていることがあるからです。

情報というのは、自分の体験や価値観と照らし合わせてこそ、意味を持ちます。AIの出力は平均点の模範解答かもしれませんが、そこには「自分のリアル」が存在していません。それを補うのが、私たち自身の役割なのです。

年長者の方が実はプロンプトがうまい?

プロンプト(AIへの指示文)を書くという行為は、実は「人に仕事を任せる経験」にとてもよく似ています。その点において、私は長年の経験を持つ年長者こそ、AIの活用に向いていると感じています。

例えば、部下や外注先に明確な指示を出してきた経験のある人は、

  • 相手の立場で分かりやすく伝える力
  • 意図を誤解なく表現するスキル
  • 情報の取捨選択力
  • 抽象と具体のバランス調整力 といった能力が自然と身についています。

AIに対しても、これらの能力がそのまま活かされるのです。若い世代はツール操作に長けていても、「プロンプト設計」という思考の部分では、人生経験豊富な人のほうが一枚上手だと感じることが少なくありません。

精神科医・樺沢紫苑氏の警鐘:「考えない人が増えている」

YouTubeで公開されている精神科医・樺沢紫苑さんの動画「生成AIの間違った使い方2選」では、次のような警鐘が鳴らされています。

AIを長時間使いすぎること、そしてその内容を鵜呑みにすること。この2つが、メンタルに悪影響を与える可能性が高い。

また、「答えを探す」ことに慣れすぎて、自分で考える力が低下してしまう危険性にも言及されています。情報の正しさを鵜呑みにするのではなく、「自分にとってそれが合っているか」「本当に信頼できるか」を見極める目を持つこと。それこそが、AI時代に求められる力だと私は感じています。

AIが見せてくれる「自分では思いつかない視点」

一方で、AIの素晴らしい点は「自分の脳みそからは絶対に出てこないような意見や切り口を提案してくれること」です。

実際、私がYouTubeの企画を考えるときも、AIに一度相談してみることで、「あ、そういう切り口があったか」と驚かされることがよくあります。その案が最終的に採用されるかどうかは別として、「発想の拡張」には大きく貢献してくれるのです。

だからこそ、AIは「発想の起爆剤」として活用すべきであり、「最終的な判断」は自分自身が行うべきなのです。

鵜呑みは危険:間違った医療情報の例

AIは大量の情報から平均的な答えを導き出すのが得意です。しかし、それは裏を返せば「突飛な事例」や「最新の研究成果」には弱いということでもあります。

樺沢氏も言っていますが、特に医療情報においては、90%以上の回答に何かしらの誤りや不適切な表現が含まれているという研究報告もあります。

つまり、AIが出した答えが「それっぽい」からといって、それを根拠に医療判断を下してしまうと、取り返しのつかない結果を招く恐れもあるのです。

考える力を鍛えるためのAI活用

私たちは今、AIと共に生きていく時代に入りました。これは「共存」であって「依存」ではありません。

だからこそ、AIを使っていく中で大切にしたいのは「考える力」です。樺沢氏が言うように、インプットよりもアウトプットが重要になっていきます。AIの提案を受けて、自分で咀嚼し、自分の言葉にして発信していく。このプロセスこそが、AI時代に求められるスキルだと強く感じます。

たとえば、私がAIにブログの下書きを書かせたとしても、それをただ公開することはありません。そこに自分の体験、自分の感情、自分の言葉を入れて、ようやく「私の文章」になるのです。

AIは道具。信頼関係は人と人の間にこそ生まれる

もう一点大切なのは、AIとの関係に「癒し」や「共感」を求めすぎないことです。

SNSやテレワークでのZoom会議などは一見便利に見えますが、信頼関係の深い人と直接顔を合わせて話すことに比べると、癒しの効果は格段に落ちるという研究結果も出ています。AIとの会話にも同じことが言えるでしょう。

結局、人間にとって必要なのは「信頼できる誰かとのリアルなつながり」なのです。どんなにAIが高機能になっても、心の奥底に触れるようなコミュニケーションは、人と人の間でしか生まれないと、私は感じています。

最後に:AI時代に求められる「思考の筋力」

AIを活用すること自体は、決して悪いことではありません。むしろこれからの時代において、AIを使いこなすスキルは必須になるでしょう。しかし、便利だからといって思考停止し、すべてを鵜呑みにするような使い方をしていたら、かえって自分の力を削いでしまいます。

だから私は、ブログを書くときも、YouTubeの企画を考えるときも、常に「AIは下書きであって完成稿ではない」と自分に言い聞かせています。そこから先は、自分の経験、自分の視点、自分の言葉で仕上げていく。そのプロセスこそが、私自身の価値を作っていると感じています。

生成AIを上手に活用するには、まず「自分で考えること」。そして、時には「誰かに伝える力=アウトプット力」を鍛えること。その両方がそろって初めて、AIを“相棒”として使いこなせるのだと思います。

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