チェックリストというと、なんとなく面倒くさい、形式的、柔軟性がない…そんなイメージを持っていませんか?あるいは「そんなものに頼るのは恥ずかしい」と思っている方もいるかもしれません。
しかし、ハーバード大学公衆衛生大学院の教授であり、外科医としても第一線で活躍するアトゥール・ガワンデ氏は、本書『あなたはなぜチェックリストを使わないのか』で、チェックリストの本当の価値と実力を語っています。
彼の主張は明快です。
「人はどれだけ優秀でも、うっかりミスをする生き物である。だからこそ、チェックリストを使うことでミスを予防し、最良の結果を導くことができる」
私たちが日常で犯すミスの多くは、「知識がない」ことから起きるのではなく、「知っているけどやらなかった」「忘れてしまった」ことから生まれます。
ミスには2種類ある
本書では、人間が犯すミスには次の2種類があると整理されています。
- 無知のエラー
これは知識や経験が足りず、正しい判断ができなかったことで起きるミスです。たとえば昔の出産現場で感染症が多かったのは、消毒の重要性が理解されていなかったためです。 - 無能のエラー
こちらは、知識はあるのに実行できなかったというもの。手を洗うべきだと分かっていたのに忘れてしまう、正しい薬を知っていたのに違うものを処方してしまうなど。
そして、現代社会では無知よりも「無能のエラー」の方が深刻になっています。情報は簡単に手に入り、手順も共有されているのに、うっかりやってしまうミスが後を絶たない。
この「うっかり」を減らすために、チェックリストが必要なのです。
チェックリストの3つのメリット
チェックリストには、主に次のような3つの効果があります。

① うっかりミスを防げる
ミシガン州の病院で、中心静脈カテーテルの挿入において感染率が11%もあったことに着目し、簡単なチェックリストを導入したところ、感染率はなんと0%になりました。
内容は「手を石鹸で洗う」「患者の皮膚を消毒する」など、医療関係者であれば誰でも知っているような基本動作ばかり。しかし、人は疲れていたり忙しかったりすると、こうした“当たり前”を飛ばしてしまう。だからこそ、手順を書いて確認する仕組みが有効なのです。
② 時間の節約になる
「次に何をするんだっけ?」「どこまで終わったっけ?」と迷う時間を減らしてくれるのもチェックリストの利点です。特に、繰り返し行う作業(たとえば旅行準備や資料作成など)では、その都度考えるより、リストを参照した方が圧倒的にラクです。
③ 集中力を温存できる
単純な確認作業に頭を使うと、本当に集中すべきクリエイティブな判断にエネルギーが残らなくなってしまいます。だからこそ、チェックリストを導入して、頭を使わずに済む作業を「外部化」することで、脳のリソースを温存できるのです。
良いチェックリストの条件
チェックリストなら何でも良いわけではありません。本書では、優れたチェックリストには以下の3つの条件があると述べられています。
- 簡潔であること
長文や説明書のようなリストでは現場で使いづらい。ポイントだけを絞って、パッと見てすぐ行動できる形にする。 - 具体的であること
「安全に注意する」といった抽象的な表現ではなく、「ヘルメットの顎紐を締める」といった具体的な行動が書かれていること。 - 実用的であること
机上の空論ではなく、実際の現場で使えること。現場の声を聞きながら、無駄な項目を省き、必要な内容に絞ることが重要です。

正解がない分野にも応用できる
「ビジネスの立ち上げ」や「子育て」など、予測不可能で手順が確定できない分野においても、チェックリストは有効です。
その場合は手順ではなく、「基本方針」や「自分の軸」をリスト化するのがポイントです。
たとえば、
- 「予算は300万円まで」
- 「部下には偉そうにしない」
- 「ピンチはチャンスと考える」
など、自分が大事にしたい考え方を書き出しておくと、迷ったときに冷静さを取り戻す助けになります。
チームで使うとさらに効果的
チェックリストは一人で使うだけでなく、他人と確認し合う形にすることで、効果がさらに高まります。
たとえば著者が勤める病院では、手術前にチーム全員が患者の名前や手術内容を声に出して確認し、看護師が必要な器具の準備をチェックする時間を設けています。
このように「お互いに声をかけ合う」タスクを盛り込むことで、責任感が生まれ、チームワークも向上するのです。
チェックリストはアップデートが必要
一度作ったチェックリストは永久に使えるわけではありません。状況の変化に応じて見直しが必要です。
医療現場でも、航空業界でも、ミスや技術革新のたびにリストは何度も更新されています。ボーイング社のパイロットが使うチェックリストは、100回以上の改良を重ねたと言われています。
たった1枚の紙が世界を変える
最後に、著者の実際の取り組みを紹介して終わりましょう。
WHO(世界保健機関)は、手術に伴う死亡や合併症が多いことを問題視し、著者は国際チームを率いて「手術安全チェックリスト」を開発。それを8都市の病院で導入した結果、合併症は36%、死亡率は47%も減少しました。
この成果を受けて、WHOはチェックリストの世界的導入を推進。いまでは多くの命がこの“たった一枚の紙”によって救われているのです。
まとめ
チェックリストは単なるメモではありません。それは、私たちのうっかりミスを防ぎ、本当に大事な判断に集中させてくれる強力なツールです。
- ミスを防げる
- 迷いが減り、時間短縮になる
- 脳のエネルギーを節約できる
そして、良いチェックリストは「簡潔・具体的・実用的」。さらに、時代や現場の変化に応じてアップデートされるべきものです。
「チェックリストを使うなんて恥ずかしい」
そう思っているあなたにこそ問いたい。
あなたはなぜ、チェックリストを使わないのか?



コメント