私にとっての「911」は東海豪雨
2000年9月11日。
多くの人は「911」と聞くとアメリカ同時多発テロを思い出すだろう。
しかし私にとっての「911」は、あの東海豪雨の記憶だ。
あの日、会社から帰れなかった夜
午後から激しく降り始めた雨は夜になっても衰えることなく、名古屋市では24時間で400ミリを超える豪雨を記録。気象庁は「観測史上まれにみる集中豪雨」と発表し、テレビは冠水した道路や氾濫した河川を映し続けていた。
私は会社から帰宅できず、職場に足止めされた。そのとき家から電話が入る。
「避難命令が出たから、犬を連れて避難する」
自分は会社に取り残され、家族は犬を抱えて避難所へ。どうすることもできない無力感と不安に、胸が押しつぶされそうだった。
報道で知った被害の規模
翌日のニュースで明らかになった被害は想像を超えていた。
- 死者・行方不明者:10名以上
- 負傷者:約115名
- 浸水家屋:約7万棟(床上約22,000棟、床下約46,000棟)
- 避難者:愛知県だけで約55万人
- 被害総額:約8,500億円
数字を目にして、あの雨がどれほど甚大な災害だったのかを突きつけられた。
水が引いた翌日に見た光景
翌日、水が引いたのを確認して、自転車で被害のあったの地域を回ってみた。
道路には泥がこびりつき、側溝はあふれ、家具や濡れた布団が軒先に積まれていた。
街に漂う泥と下水の混じった独特の匂い、乾き始めた泥から立ち上る埃、そして人々の疲れ切った表情――。
数字では語れない現実が、そこにはあった。
友人の店が浸水し、水没した光景を見たときは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
人から何もかもを一瞬で奪ってしまう自然の怖さを、全身で思い知った。
行きつけの床屋も泥に覆われ、普段の生活が一夜にして壊れてしまったことを突きつけられた。



25年を経て、今思うこと
25年経った今でも、あのときの「この雨は止まらないのではないか」という恐怖と胸を圧迫する息苦しさは忘れられない。
そして翌年、2001年9月11日にはアメリカ同時多発テロが起きた。
「9月11日」という日は、私にとってますます特別な意味を持つ日になった。
毎年この日が来るたびに、自然と「今年も何事もなく過ごせた」という幸せに感謝するようになった。
同時に、あの日の経験を通じて「万が一に備えることの大切さ」も強く心に刻まれている。
私にとっての「911」は、やはり東海豪雨なのだ。


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