第7章:まとめ 〜覚えない勇気が人生を豊かにする〜
かつて「忘れないこと」は“賢さ”の象徴でした。たくさんのことを記憶し、正確に答えられることが、能力の高さとされてきた時代。しかし、情報が洪水のように押し寄せる現代では、その価値観は少しずつ変わってきています。
「すべてを覚えようとすること」は、もはや賢さではなく、脳の浪費とも言えるかもしれません。
本当に大切なのは、「脳をどう使うか」を自覚的に選ぶことです。
覚えない勇気が“考える力”を育てる
脳には容量の限界があります。ワーキングメモリのサイズは限られ、注意力・判断力・集中力といった「認知資源」も有限です。
それなのに私たちは、日々の暮らしの中で大量の情報にさらされ、選択・判断・処理を延々と繰り返しています。これでは、脳が疲れて当然です。
そこで求められるのが、「覚えない勇気」です。覚える代わりに、記録しておくこと。手放すこと。脳のスペースを“考えるため”に空けておくこと。
これは決して怠けでも諦めでもなく、むしろ「思考の質を守る」ための知的戦略なのです。
「記録する」ことは、脳を信じること
紙のノート、スマホのメモ、音声レコーダー、ToDoリスト、カレンダー……現代にはさまざまな「外部記憶装置」があります。
これらは、「忘れてもいいようにする」ための道具ではなく、「考えるための余白を確保する」ための支えです。記録することで安心し、脳は本来の創造性や柔軟性を発揮できます。
記録を続けていると、面白いことが起こります。情報を忘れても、「どこに書いたか」は覚えている。そして見返したとき、新しいアイデアや視点が浮かび上がってくる。記録することが、思考の再起動ボタンになるのです。
判断しなくていい仕組みが、自由をもたらす
脳のリソースを消耗する最大の敵のひとつは、「小さな決断の積み重ね」です。朝の服選び、何を食べるか、どの道を通るか、どのアプリを見るか……こうした日々の“選択疲れ”が、脳のエネルギーを静かに奪っていきます。
第5章で紹介したように、服装や食事をパターン化し、予定をルーティンに落とし込むだけでも、脳の疲労感は驚くほど軽減されます。
意思決定を減らす仕組みを作ることで、私たちは大切な判断や集中すべき場面に、エネルギーを集中させる自由を手に入れるのです。
注意力を守ることは、思考を守ること
SNSやスマホの通知に振り回され、1日の終わりには「何をしていたのかわからない」——これは現代人にとって、決して他人事ではありません。
カル・ニューポートの『デジタル・ミニマリスト』では、こうした注意力の断片化に警鐘が鳴らされています。私たちは、集中する能力を失いつつあるのです。
通知を切る、SNSの使用時間を制限する、情報の入口を絞る……こうした行動は、「情報から離れる」のではなく、「自分の注意を守る」ための行為です。
注意力は、思考の入口です。それを守ることは、自分の人生を守ることでもあります。
人との対話や環境を使って考える
アニー・マーフィー・ポールの『深く考える習慣』では、「脳の外に思考を広げる」発想が展開されます。彼女は、ノート、空間、身体、他者との会話などを「拡張された心」として活用することで、思考の質が格段に高まると説いています。
つまり、「一人で頭の中だけで考える」ことをやめて、外に出す・共有する・環境に委ねるということです。
メモを取ることも、人に話すことも、歩きながら考えることも、すべてが脳の働きを助ける“外部ツール”になります。
日々の「小さなマネジメント」が未来をつくる
ここまで7章にわたって、脳の資源をどうマネジメントするかについて考えてきました。
「記憶」「集中」「判断」「思考」「対話」「記録」——私たちは日々、これらの機能を使って生きています。これをすべて自力で完璧にこなそうとするのではなく、仕組みや道具、習慣や人とのつながりをうまく使うこと。
それが、年齢にかかわらず、私たち一人ひとりにできる「脳を大切にする生き方」なのです。

まとめ:脳は「鍛える」より「整える」時代へ
- 覚えるのではなく、記録する
- 判断の機会を減らす
- 注意力を分散させない仕組みをつくる
- ノートや会話を通じて思考を拡張する
こうした実践が、「考える力」や「創造性」、「判断の確かさ」といった知的資源を守り、人生の質を向上させます。
つまり、「覚えない勇気」が、自分らしく、無理のない、そして未来に希望を持てる生き方につながるのです。
脳のマネジメントは、知的な節約術であり、生き方のデザインでもあります。
そしてそれは、誰にでも、今この瞬間から始められるのです。



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