「チェスタートンのフェンス」とは何か?——壊す前に立ち止まる思考法

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はじめに:なぜ“フェンス”が重要なのか

私たちは日々、変化や改革を求められる場面に直面しています。職場の組織体制を変えたり、古い制度を見直したり、時には自分の習慣や思考パターンすら見直そうとします。そんなとき、ふと立ち止まって「なぜこれが存在しているのか?」と考える習慣が、思わぬ落とし穴を防ぐ鍵になるかもしれません。

この思考法を一言で表すなら、「チェスタートンのフェンス(Chesterton’s Fence)」です。これは、20世紀初頭の作家G.K.チェスタートンの著作に由来する考え方で、組織改革、社会制度、習慣の見直し、さらには個人のライフスタイルにも応用できる汎用的な知恵です。

チェスタートンのフェンスとは?

チェスタートンが説いたのは、次のようなシンプルな原則です。

「フェンスを撤去する前に、なぜそのフェンスが設置されたのかを理解せよ。」

彼は著書『The Thing(1929年)』の中で、道を遮るフェンスを見たときの二人の人物の会話を紹介します。

1人目の人物は、「このフェンスは邪魔だ。意味がわからないから取り除こう」と言います。
それに対し、もう一人の知的な人物はこう答えます。「意味がわからないなら、なおさら取り除かせない。なぜ存在するのかを理解したら、初めて撤去を検討できる」。

つまり、過去の人々が“なぜ”『Why』それを作ったのかを無視して行動することは、極めて危険だというわけです。

セカンドオーダー思考とのつながり

この考え方は、「セカンドオーダー思考(第二次的思考)」とも密接に関係しています。

ファーストオーダー思考は、「目の前の結果」だけを考えるシンプルな思考です。一方、セカンドオーダー思考は、「その結果がもたらす、さらなる影響」までを考慮に入れる思考です。

例えば、「ピーマンが嫌いだから子供の給食から除く」というのはファーストオーダー的ですが、「栄養バランスがどうなるのか」「偏食の習慣がつかないか」などを考えるのがセカンドオーダー思考です。

チェスタートンのフェンスは、まさにこの“思慮深さ”を求めるものです。

■ 実例①:町内会費をなくそうとする若者の提案

ある若者が、地元の町内会に参加した際、「毎年数千円も町内会費を払うなんて無駄だ」と言い出しました。確かに、普段から町内会の活動に参加していない人からすれば、その費用の“見えるメリット”はほとんどありません。

しかし、町内会費には以下のような目に見えにくい目的がありました。

  • 災害時の備蓄(飲料水や非常食の保管)
  • 高齢者の見守り活動や安否確認ネットワーク
  • ゴミステーションの掃除や管理
  • 町内運動会や地域祭りなど、地域住民のつながりを作る活動

つまり「町内会費=地域インフラを支える見えないフェンス」だったのです。

このフェンスを撤去(=町内会費を廃止)する前に、「なぜこの仕組みがあるのか?」を理解しなければ、災害時の連携不全や地域の孤立、衛生環境の悪化など、**想定していなかった問題(セカンドオーダー影響)**が起きかねません。


■ 実例②:親が決めた「門限」を撤廃した大学生の後悔

大学進学を機に一人暮らしを始めたAさん。これまで親に「夜10時には帰宅すること」という門限を決められていましたが、自由になった途端、「門限なんて古臭いルールだった」と感じ、深夜まで遊び歩く生活を始めました。

最初は楽しかったのですが、数週間後には以下のような**“副作用”**が現れました。

  • 生活リズムの乱れで朝の授業に出られない
  • アルバイト中の集中力が低下してミスが続出
  • 体調不良が重なり病院通いに

このときAさんは、ようやく気づきます。「あの門限には、早寝早起きの習慣をつけて健康と生活リズムを守るという意味があったんだ」と。

親が設けた「門限」という“フェンス”は、単なる制限ではなく、長期的な自己管理能力を育てるための仕掛けだったのです。


■ 締めくくり:共通するポイント

これらの例に共通するのは、

  • 一見「時代遅れ」や「不合理」に見える制度でも、
  • 背景には“必要性”や“目的”があった
  • 撤廃するには、まずその理由を正しく理解しなければならない

という点です。

「チェスタートンのフェンス」は、派手な改革よりも賢明な見直しの姿勢を大切にするための思考法です。

悪習慣をやめるときにも応用できる

この考え方は、社会制度や企業改革だけでなく、個人の習慣改善にも応用可能です。

喫煙や過度な飲酒、過食など「やめたい」と思う習慣の背景には、何らかの“必要”や“目的”があることが多いです。たとえば、「ストレス解消」「孤独感の紛らわせ」「時間潰し」など。

ただそれを無理に取り除いてしまうと、「必要」を満たす別の(場合によってはもっと悪い)習慣が生まれる可能性があります。

つまり、「悪い習慣の背景にあったフェンス」をちゃんと見極め、代替策を用意することが、根本的な改善には不可欠なのです。

実務への応用:リーダーや改革者へのメッセージ

リーダーとして新しい組織に入ったとき、前任者の制度や仕組みを「古い」「非効率だ」と感じることは多いでしょう。しかし、その制度が存在していた背景を無視して刷新すれば、思わぬトラブルや軋轢を生む可能性があります。それを防ぐために以下の3点を意識することが大切です。

  1. 謙虚さを持つこと:自分がすべてを知っていると思わず、まずは観察と対話を重ねる。
  2. 構造に内在する知恵を尊重すること:制度や構造そのものが、過去の知見の集積である可能性を認識する。
  3. 目的と整合性を確認すること:変更が、本当に目的達成に必要なものかを問い直す。

終わりに:フェンスを壊す前に

現代社会は、変化が善とされる風潮にあります。「革新」「アップデート」「改革」といった言葉が歓迎される一方で、“なぜそれがあるのか?”という問いを忘れがちです。

「チェスタートンのフェンス」という考え方は、そんな時代にこそ必要なブレーキであり、冷静な思考の指針となるでしょう。

壊すのは簡単。けれど、一度壊してしまったフェンスを元に戻すのは難しいのです。

だからこそ、問いましょう。

「なぜこのフェンスはここにあるのか?」

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